ちょうど私が20歳の時・・・
気持ちの良い夜だった・・
バイクで帰宅の途中、木に体当たりして自爆した。
たいら、わみ、まこち、家族がもしこんな事があったら・・・
しかし、現実にあったことを、子供達に伝えるのも私の役目なのだろう。
1週間ICU(救急治療室)
24時間の山を越え、生きのびることが出来た・・
気づけば事故のあった日から2週間くらい経っていたのであろうか・・・
顔面を強く打ち、顔が曲がっていた。
肺に穴が開き管が刺さっていて、血を抜いていた
膝が全部開いたらしく、左足が動かなくなっていた・・
深夜0時頃、道路の真ん中にバイクと人が転がっていた、それが私。
運良く私の友達がたまたま通り、
私と同じバイクだと気づいてくれて、救急車を呼んでくれたという・・ 奇跡
そのまま放置されていたら、他の車に引かれていたであろうと・・
両親は九州の父の実家に帰っていたので、
友達が、姉と妹に連絡を取ってくれた。感謝
子供達よ。
事故に合うとこうなるのだよ。
だからいつも口うるさい程言ってしまうの。
同じ思いをさせたくないと、心から思うの。
顔が曲がっているのを治すため、
歯茎全部に1mm程の針金を通す、『がっかん固定』
という生き地獄のような治療をした。
2ヶ月強飲物のみ。
また、この針金を取るときは・・血が止まらず・・ご想像にお任せします。
すると次は、髄液鼻漏。
鼻から脳の周りにある、髄液が出てきた。
脳と外の空気がつながってしまって、脳に菌が入ってしまえば死に・・・
全身麻酔で手術。
約1年間、入院、通院、リハビリの生活・・
お父さん。お母さん。ちー、よっぴ、けん、そして友達・・
本当に心配をかけてごめんなさい。
そして、いろいろありがとう。
この場を借りて、この時の事をメモリーに。
健康であることの幸せさ、ありがたさを忘れたときはこの写真を見て下さい。
注意!! ↓ちょっぴり衝撃画像!!
チーごめん。
こんな中、カメラをとり続けてくれた姉に感謝。
忘れてはいけない事実
入院2週間目くらい
左膝
3週間目くらい1ヶ月目くらい 母ごめんなさい
生き地獄中・・

妹よごめん
もうこの頃には戻りたくないと、つくづく思う・・





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